初夏の柔らかな日差しが差し込む午後、私はいつものように、自宅のリビングにある小さな花瓶に目をやった。そこには、先日、娘のミサキがプレゼントしてくれた淡いピンク色のバラが一輪、優雅に咲いていた。花びらは幾重にも重なり、その「上品」な色合いは、私の心に温かい「幸福」をもたらしてくれる。私、サトコは、定年退職して数年が経ち、穏やかな日々を送っている。しかし、時折、過去の出来事が脳裏をよぎり、胸の奥に小さな後悔の念がよぎることがあった。
私の人生は、仕事一筋だった。夫は早くに他界し、女手一つでミサキを育て上げた。朝から晩まで働き詰めの日々。ミサキが幼い頃、もっと一緒に過ごしてあげたかったという思いが、今でも私の心を締め付けることがある。ミサキは、そんな私の苦労を理解し、いつも私を気遣ってくれる優しい子に育ってくれた。しかし、私は、ミサキに対して十分に「感謝」の気持ちを伝えられていただろうか。
特に、ミサキが小学校に入学する前の、ある出来事が心に残っている。あの頃、私は仕事が忙しく、ミサキの誕生日も満足に祝ってあげられなかった。ミサキは、私が仕事から帰ってくるのを玄関で待っていてくれた。その小さな手には、近所の花壇から摘んできたのだろう、しおれかけた一輪の白いバラが握られていた。
「ママ、お誕生日おめでとう。これ、ミサキからのプレゼント」
そう言って、ミサキは私にバラを差し出した。私は、そのバラを受け取りながらも、心の中では「ごめんね、ミサキ。ママは何もしてあげられなくて」という罪悪感でいっぱいだった。その時のミサキの、少し寂しそうな、でも私を気遣うような表情が、今でも忘れられない。あの頃の私は、自分の感情を素直に表現することが苦手で、ミサキへの「感謝」の気持ちも、うまく伝えられずにいたのだ。
定年退職後、私は時間を持て余すようになった。友人と旅行に行ったり、趣味のガーデニングを楽しんだり。充実した日々ではあるけれど、心のどこかにぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じることがあった。それは、きっと、ミサキとの関係において、何か大切なものを伝えきれていないという思いがあったからだろう。
そんなある日、ミサキから連絡があった。
「ママ、今度、お家に遊びに行っていい? ちょっと話したいことがあるの」
ミサキの声は、いつもより少し弾んでいるように聞こえた。久しぶりにミサキが来るということで、私は少し緊張しながらも、嬉しさがこみ上げてきた。
約束の日、ミサキは、冒頭の淡いピンク色のバラの花束を持って現れた。
「ママ、これ、いつもありがとうの気持ち」
そう言って、ミサキは私に花束を差し出した。私は、その花束を受け取った瞬間、胸がいっぱいになった。淡いピンク色のバラは、まさに「感謝」と「幸福」を象徴しているかのようだった。そして、その「上品」な美しさは、ミサキの成長と、私への深い愛情を表しているように感じられた。
リビングのテーブルに花瓶を置き、ミサキが持ってきたバラを活けた。その一輪一輪が、光を受けて輝いている。私は、ミサキに尋ねた。
「ミサキ、どうしてピンクのバラなの?」
ミサキは、にこやかに答えた。
「ピンクのバラの花言葉はね、『感謝』と『幸福』と『上品』なんだよ。ママに、いつも感謝しているし、ママが幸せでいてほしいから。それに、ママって、上品な人だから」
ミサキの言葉に、私の目には涙が溢れてきた。私は、これまでミサキに伝えきれていなかった「感謝」の気持ちを、今、ミサキが私に伝えてくれている。そして、私がミサキに与えられなかった「幸福」を、ミサキが私に与えてくれているのだ。
その日、私たちはたくさんの話をした。ミサキの仕事のこと、最近あった楽しい出来事、そして、幼い頃の思い出。私は、ミサキが話す一つ一つの言葉に、心を込めて耳を傾けた。そして、これまでの人生で、ミサキがどれほど私にとって大切な存在だったか、改めて感じることができた。
「ミサキ、ありがとう。ママね、ミサキのおかげで、本当に幸せだよ」
私は、精一杯の気持ちを込めて、そう伝えた。ミサキは、少し驚いたような顔をしてから、優しく微笑んでくれた。その笑顔は、私がずっと見たかったものだった。
リビングに飾られたピンクのバラは、毎日少しずつ開いていき、そのたびに、私とミサキの間に流れる温かい空気を象徴しているようだった。私は、このバラを見るたびに、ミサキへの「感謝」の気持ちを思い出す。そして、ミサキが私に与えてくれた「幸福」を噛みしめる。
もう、過去の後悔に囚われることはない。これからは、ミサキとの時間を大切にし、毎日を「幸福」に過ごしていきたい。そして、私もまた、ミサキにたくさんの「感謝」と「幸福」を贈れる存在でありたい。ピンクのバラは、私にとって、娘との絆、そして人生の「上品」な輝きを教えてくれる、特別な花となったのです。

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