17255174020 蕾が紡ぐピンク色のささやき - ちいさな玉手箱

蕾が紡ぐピンク色のささやき

花ことばの物語

「また始まったね、コノハちゃんの金魚草談義」

私の幼なじみ、ミオが呆れたようにそう言って、隣で大きくため息をついた。ここは、私が店番を務める商店街の一角にある小さな花屋「はなうた」。今日は特に来客も少なく、店先に並んだ金魚草が風に揺れる音が、なぜかコノハの大きな声と重なって聞こえる。コノハは昔から、私にとって「おしゃべり」の具現化のような存在だった。特に、お気に入りのピンクの金魚草を見つけると、その花言葉である「おしゃべり」が乗り移ったかのように、止まらなくなるのだ。

「だってさ、この金魚草って、見るたびにコノハを思い出すんだもん」

私が苦笑いしながらそう言うと、ミオは「それ、褒めてるの?」と目を丸くした。褒めているつもりはなかったけれど、否定もしなかった。コノハはいつも、私が困っていると、頼んでもいないのに色々なことを詮索しては、独自の解釈で解決策を押し付けてくる。それが彼女の「でしゃばり」な部分で、時として私は彼女のその性質にうんざりすることもあった。

「そういえばさ、この間コノハが、ユウキ先輩にまで絡んでたって話、聞いた?」

ミオの言葉に、私は思わず持っていた霧吹きを落としそうになった。ユウキ先輩は、私の大学の先輩で、穏やかで優しい人だ。少し人見知りなところがあって、あまり自分から話しかけるタイプではない。そんなユウキ先輩に、コノハが「おせっかい」を焼いたなんて、一体何を?

私の脳裏に、以前コノハが私に言った言葉が蘇る。

「アネモネの花言葉って、希望とか、期待とか、そういうポジティブなものばっかりじゃないでしょ? 儚い恋とか、見捨てられたとか、そういう切ない意味もあるんだよ」

あの時、私はアネモネの絵を描いていて、コノハが唐突にそんなことを言い出したのだった。彼女はいつも、物事の裏側や、隠された意味を見つけ出すのが得意だった。それは、時に人の心を深くえぐるような言葉となって、私を傷つけることもあったけれど、同時に、私が気づかない視点を与えてくれることもあった。ユウキ先輩のことも、何かコノハなりに「裏側」を見抜いて、それで「おせっかい」を焼いたのだろうか。

夕方になり、閉店間際になって、そのコノハが「はなうた」に顔を出した。いつものように、店に入るなり大きな声で私に話しかける。

「ねえ、聞いてよ! この間、ユウキ先輩にばったり会ったんだけどさ、なんか元気ないみたいだったから、私がとっておきの情報教えてあげたんだ」

「え、とっておきの情報って?」

私が恐る恐る尋ねると、コノハは得意げに胸を張った。

「ユウキ先輩、最近ゼミの研究で悩んでるって言ってたじゃない? だから、うちの兄貴が通ってる大学の教授で、その分野の権威の先生がいるって教えてあげたの! 相談してみたらって勧めてあげたんだよ!」

私は絶句した。それは、ユウキ先輩が誰にも話していなかったはずの、深刻な悩みだった。それをコノハがどうして知っているのか。そして、なぜそんな個人的な情報を、頼まれてもいないのに他人に漏らそうとするのか。私の心臓は、ドクドクと不快な音を立てていた。コノハの「でしゃばり」と「おせっかい」が、今回ばかりは一線を越えたように感じたのだ。

「コノハ、それは…」

私が何かを言おうとすると、コノハは私の言葉を遮って、さらに続けた。

「そしたらさ、ユウキ先輩、最初は戸惑ってたみたいだけど、最終的にはすごく感謝してくれたんだよ! やっぱり、困ってる人は放っておけないもんね!」

コノハの言葉は、まるで自分の行動がどれだけ正しかったかを主張しているようだった。私は、彼女の言葉にどう返していいかわからず、ただ呆然と立ち尽くした。

その夜、私はなかなか寝付けなかった。コノハの「おしゃべり」「でしゃばり」「おせっかい」な性格が、今回は本当にユウキ先輩の役に立ったのだろうか。それとも、ただのお節介だったのだろうか。頭の中を色々な考えが巡り、私は眠れないまま夜を明かした。

翌日、大学でユウキ先輩と顔を合わせた。私は、コノハの件を謝ろうと心に決めていた。

「ユウキ先輩、この間は、コノハが…」

私が言葉を詰まらせると、ユウキ先輩は穏やかな笑顔で私の言葉を遮った。

「あ、コノハさんのこと? 助かったよ。正直、あの時は本当にどうしようかと思ってたから。まさか、あんなところに繋がりがあるとは思わなかったな」

ユウキ先輩は、本当に感謝しているようだった。私の心臓から、一気に重りが取れたような感覚がした。コノハの行動は、確かに「でしゃばり」で「おせっかい」だったかもしれない。けれど、そのおかげで、ユウキ先輩は救われたのだ。私は、コノハのいつもの「おしゃべり」が、今回は人を救ったという事実に、少し感動すら覚えていた。

その日の午後、「はなうた」にコノハがやってきた。いつものように、元気いっぱいの声で「ねえ、聞いてよ!」と話し始めた。私は、彼女の言葉を遮らずに、じっと耳を傾けた。彼女がどんなに「おしゃべり」で「でしゃばり」で「おせっかい」だとしても、その根底には、人を思いやる気持ちがあることを、私は知っていたからだ。ピンク色の金魚草が、風に揺れてささやくように、私に語りかけてくる。そのささやきは、まるでコノハの心の声のようだった。

人は、完璧ではない。誰にでも、欠点がある。けれど、その欠点も、時には誰かの助けになることがあるのだ。金魚草の花言葉は、まさにそれを教えてくれているようだった。そして、私は、そんな金魚草のようなコノハを、これからもずっと大切にしていこうと心に誓った。彼女の「おしゃべり」が、いつかまた、誰かを笑顔にする日が来ることを願って。

金魚草の花ことば 「おしゃべり」「でしゃばり」「おせっかい」

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