冷たい雨が降り続いた翌朝、空は嘘のように晴れ渡り、朝の光がアスファルトの道を濡らした。私は、この数ヶ月間、ずっと心の中に降り続いていた雨が止んだかのような感覚に陥っていた。数年前、私は小さなデザイン会社で働き始めた。夢に見ていた職場で、新しいプロジェクトに取り組む日々は刺激的だった。しかし、いつまでも順風満帆とはいかず、会社を取り巻く社会情勢は徐々に厳しくなり、私の担当するプロジェクトは次々と困難に直面した。なかでも1年近くかけた肝いりのプロジェクトは最終的に打ち切りになった。その責任を重く感じ、私は会社を辞めた。それ以来、何をするにも自信が持てず、ただ時間だけが過ぎていく日々を送っていたのだ。
ある日の午後、私は近所の公園を散歩していた。心は重く、視線は地面に落ちたままだった。公園の脇にある小さな花屋の前を通りかかった時、ふと顔を上げた。そこに、鮮やかな濃いオレンジ色のガーベラが並んでいた。まるで太陽の光をそのまま閉じ込めたかのような、力強い色合いだった。その瞬間、私の心に小さな、しかし確かな光が灯るのを感じた。
「きれいな色ね」
店主の女性が優しく声をかけてきた。彼女は、私の顔に浮かんだ憂鬱な表情を見抜いていたのだろう。
「ええ、とても…元気が出ます」
私は素直に答えた。この数ヶ月、こんな風に心から「きれい」だと感じたことはなかった。
店主は微笑みながら続けた。「このガーベラ、花言葉は『希望』と『常に前進』なんですよ。前に進む勇気をくれる花です」
私はその言葉に、胸の奥を強く掴まれた気がした。希望。常に前進。私にとって、それはあまりにも遠い言葉だった。もう一度、何かを始める勇気が、私にはあるのだろうか。失敗を恐れる気持ちが、心の大部分を占めていた。何度も履歴書を書こうとしては手が止まり、新しいスキルを学ぼうとしてもすぐに諦めてしまう。そんな自分に嫌気がさしていた。
店内で、私はその濃いオレンジ色のガーベラを手に取った。花びらはピンと張り、生命力に満ちている。このガーベラは、どんな困難にも負けずに咲き誇っているように見えた。私はこの花のように、もう一度立ち上がれるのだろうか。あのプロジェクトの失敗が、まるで鉛のように私の足を引きずっていた。夜になると、失敗した瞬間の光景が何度もフラッシュバックし、眠れない日々が続いていたのだ。
私はガーベラを一輪だけ買った。家に帰り、テーブルの真ん中に飾った。その鮮やかな色が、殺風景な部屋に温かい光をもたらした。毎日、私はそのガーベラを眺めた。最初はただ漠然と眺めるだけだったが、日が経つにつれて、私はその花から不思議な力を感じ始めた。枯れることなく、毎日まっすぐに咲いているガーベラ。その姿は、私に静かに語りかけているようだった。
「大丈夫、もう一度やり直せる」
心の奥底に沈んでいた「希望」という感情が、少しずつ顔を出し始めた。私は、このまま立ち止まっていてはいけないと感じた。失敗は終わりではない。それは、次へと進むための教訓なのだと。今まで見ないようにしていた現実と向き合い、何が足りなかったのか、どうすればもっと良くなるのかを真剣に考え始めた。
私は再び、新しい挑戦を始めることを決意した。まずは、興味のあったオンラインのプログラミング講座に申し込んだ。最初は慣れないコードに戸惑い、何度もエラーを出したが、ガーベラを眺めるたびに「常に前進」という言葉が頭に響いた。失敗しても、諦めずに、一歩ずつ進むこと。それが、この花が教えてくれたことだった。
ある日の朝、目を覚ますと、テーブルのガーベラが、まるで私を応援するかのように、一段と輝いて見えた。私は立ち上がり、新しい履歴書を書き始めた。今度は、迷うことなくペンが滑る。私の心には、もう迷いはなかった。
あの濃いオレンジ色のガーベラは、私の人生に再び光を灯してくれた。それは、ただ美しいだけでなく、私に「希望」を与え、「常に前進」する勇気をくれたのだ。これからも私は、ガーベラのように、どんな困難に直面しても、前を向いて歩き続ける。

コメント