17255174020 風の記憶、アネモネの囁き - ちいさな玉手箱

風の記憶、アネモネの囁き

花ことばの物語

春風がまだ冷たさを残すある日、私は小さな花屋の軒先でアネモネを眺めていた。色とりどりの花びらが風に揺れるたび、遠い昔の記憶が鮮やかに蘇る。あれは大学を卒業する前の春だった。

私は大学のサークルで知り合った隆司と、密かに想いを通わせていた。隆司はいつも控えめで、多くを語らない人だった。彼の視線の先に私がいることを知ったのは、友人から彼の様子をそれとなく聞かされてからだ。彼は私のことを真剣に考えてくれていた。しかし、私は彼の気持ちに応えることに、どこか躊躇いがあった。卒業が近づくにつれて、その躊躇いは日に日に大きくなった。私たちは互いに言葉を交わすことなく、ただ時間が過ぎていくのを待つばかりだった。

ある日、隆司が私に小さな花束をくれた。それは、紫と白のアネモネだった。彼は何も言わず、ただまっすぐに私を見つめた。その眼差しは、彼の抑えきれない感情を雄弁に物語っていた。私はそのアネモネを受け取った瞬間、胸が締め付けられるような痛みを感じた。彼の気持ちの重さに、私はどう応えればいいのか分からなかった。

あの頃の私は、夢ばかりを追いかけていた。将来のビジョンは漠然としていて、目の前の現実から目を背けていた。隆司の真剣な想いは、私にとってあまりにも重すぎた。彼と真剣に向き合うことで、自分の未来が決められてしまうような気がしたのだ。私は彼を傷つけたくなかった。しかし、それ以上に、自分自身が傷つくことを恐れていた。

隆司は、私の曖昧な態度に気づいていたはずだ。それでも彼は何も言わなかった。ただ、優しく私を見守り続けてくれた。その優しさが、私にはかえって辛かった。彼の気持ちに応えられない自分が、情けなくて仕方がなかった。私は彼から距離を置くようになった。サークルの集まりにも顔を出さなくなり、彼からの連絡にも返事をしなくなった。隆司はそれでも諦めずに、私に何度もメッセージを送ってきた。彼のメッセージを読むたび、私は胸が苦しくなった。

卒業式の日、私は隆司の姿を探した。しかし、彼はどこにもいなかった。最後に私は彼に会うことすら叶わなかった。結局、私は彼の気持ちに応えることなく、私たちの関係は終わった。卒業後、私はすぐに海外へと旅立った。遠く離れた場所で、私は自分を見つめ直した。隆司の存在は、私の心の中に深く刻まれていた。私は彼を傷つけてしまったことを後悔し、彼の優しさに気づかなかった自分を責めた。

数年後、私は日本に戻ってきた。変わらない街並みを歩きながら、私は隆司のことを思い出していた。彼は今、どうしているだろうか。幸せに過ごしているだろうか。私は彼に会って、あの時のことを謝りたいと思った。しかし、どこで彼に会えるのか、全く分からなかった。

私は偶然にも、隆司が以前住んでいたアパートの前を通りかかった。そこには、見慣れない表札が掲げられていた。彼はもう、ここには住んでいない。私の心に、深い寂しさが込み上げてきた。

アネモネの花言葉「はかない恋」。まさに私たちの関係を表している。あの時、もし私がもっと素直に彼の気持ちに向き合っていたら、私たちの未来は変わっていたかもしれない。しかし、時間は戻らない。私はあの時、あまりにも未熟だった。

私は花屋で、紫と白のアネモネの花束を買った。家に帰り、花瓶にアネモネを飾る。花びらが風に揺れるたび、隆司の優しい笑顔が目に浮かんだ。私は、彼への想いを胸に、静かに目を閉じた。アネモネの花びらは、まるで彼の言葉のように、私に優しく語りかけているようだった。

あの頃の「はかない恋」は、私にとって忘れられない大切な記憶だ。それは、私が成長するための大切な経験だった。隆司への感謝と、そしてあの時の自分への後悔。それらを胸に、私はこれからも生きていく。アネモネの花は、今も私の心の中で、優しく咲き続けている。

アネモネの花ことば 「はかない恋」

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